私の教育実践


私の教育実践―「俳句」を通して児童に豊かな言語感覚を―
愛南町立家串小学校 教諭 宮下 嘉納子
私の教育実践―「東風通信」とともに―
愛媛県立宇和島東高等学校 校長 稲瀬 吉雄



私の教育実践
-「俳句」を通して児童に豊かな言語感覚を-

愛南町立家串小学校 教諭 宮下 嘉納子
 
    愛南町立家串小学校は、愛媛県の最南端、南宇和郡愛南町の由良半島にある 全校児童数23名の小さな学校です。学校の特色のひとつに「俳句づくり」があり、年間通して俳句に親しんでいます。私はここで、6度目の冬を迎えました。 赴任当時の校長、上田満里子先生から俳句指導を引き継ぎ、児童と句作に励む毎日です。児童のつぶやきは、季語の力を借りるとそのまま俳句になります。 これが「季語」+「季語とは関係のない12音」=「取合せの俳句」の作り方です。

ひまわりさんわたしはちょっとなきました(1年)
 1年女子のつぶやきからできた俳句です。「季語」+「季語とは関係のない12音」の公式で作りました。授業中に泣いたことを12音でつぶやきます。 そして青空の中で大らかに咲いている「ひまわり」と合わせました。かわいいつぶやきが季語の力を借りて俳句になりました。

天高し知らない国の旗へ風(3年)
 運動会前の運動場に万国旗が張られました。休み時間に、一枚一枚国名を挙げていた時、知らない国の旗が風で揺れました。 その様子を12音でつぶやき、「天高し」の季語と合わせました。秋の空の高さや青さ、そこで揺れている万国旗、世界は広いと感じた3年男子の思いまで読み取ることのできる俳句になりました。

野良犬が役場へ行くよいわし雲(3年)
  役場に連れて行かれる野良犬を見ていた3年男子のつぶやきです。彼は季語を何にするか迷いました。「秋の空」では背景がきれいすぎる、「秋の風」ではなんだか悲しい。 そこで「いわし雲」を選びました。一匹の野良犬と空一面の「いわし雲」の対比、そしてその場にぽつんと取り残された作者の様子まで見える俳句になりました。

烏瓜ピアノの音は青空へ(5年)
 5年女子の俳句です。放課後の校庭に、音楽室からピアノの音が聞こえてきました。音楽室を見上げると、校舎の上の美しい空も見えました。 その風景を12音でつぶやき、校舎の裏山に実っている烏瓜と取り合わせました。烏瓜の朱と空の青の対比、そして空へ広がっていくピアノの音との組み合わせが見事です。

  出会った「季語」への感動をそのまま表現するときは「一物仕立て」で詠みます。見たこと、聞いたこと、触った感触、匂いなどの感覚を研ぎ澄ませて俳句を作ります。

おとうとはゆうやけにてがとどかない(1年)
 1年男子の話。「弟とお母さんと3人で夕焼けを見ました。空いっぱいの夕焼けでした。ぼくは、夕焼けをさわってみました。あたたかかったです。 でも、弟は小さいので、夕焼けに手が届きません。」これをそのまま5+5+7の形に整えると、俳句になりました。

アマリリスの中に海の音がある(3年生)
 3年女子の話。「アマリリスは、ラッパのような形です。耳を近づけてみました。海の音が聞こえたような気がしました。わたしはアマリリスが大好きです。」 この感動を5・7・5の形にこだわらず、17音の詩のように表現しました。

スズメバチ死んだ足を折りたたんで(3年)
 教室に入ってきたスズメバチを、教頭先生がバズーカ型の殺虫剤で退治しました。遠くから見ていた児童は、一斉に駆け寄り、じっくり観察しました。 恐ろしいスズメバチは、長い足を折りたたんで小さくなって死んでいます。生と死を目の当たりにした瞬間の俳句です。

 児童の作品を俳句コーナーに掲示したり、月1回俳句集会を行ったりして、鑑賞力を高めています。俳句の創作や鑑賞は、言語感覚を磨くことができます。 また、季語をたくさん知ることで季節の感覚が身に付き、日本の四季を大切に思う心も育ちます。児童の素敵な俳句に出会うとうれしくなります。 今年度もたくさんの俳句が生まれています。

 

私の教育実践ー「東風通信」とともに
愛媛県立宇和島東高等学校 校長 稲瀬 吉雄

  今年度末をもって定年を迎える身となった私ですが、36年間に亘った教職生活を、近頃折に触れ振り返ることが多くなってきました。 そして、あの小林秀雄が未完の大作『感想』(仏の哲学者で、1927年のノーベル文学賞受賞者であるベルクソンに関する論考)の中で、 「私の一生という私の経験の総和は何に対して過ぎ去るのだろう」という言葉に載せて吐露した心情が、何となく分かるようにもなりました。 返す返す数十年という時の経過は摩訶不思議な現象として我が身にも例外なく訪れてきたのだと、多少感傷的になっている今日この頃であります。  

 さて、今回、「私の教育実践」というお題で、ホームページ「教育広報えひめ」上への掲載の機会を頂きましたが、私自身何か強い信念の下、 この方継続して教育実践に取り組んできたことがあったのかと自問しますに、正直申しまして、人様に披露できるものがあるとも思えないのが偽らざるところであります。 ただ、それでは責任を果たすことにはなりませんので、私の来し方についてその一端を以下述べさせて頂きます。

 私は、社会科の教員として、そして途中より地理歴史・公民科の教員として、はたまた部活動は野球を中心にそれぞれの勤務校で、誠実に職務に励んできたことは偽りなく言えると思います。 大学時代より、哲学に興味を抱き、生命の神秘、人間とは何か、考えることの本質等への興味・関心は、ドストエフスキー文学、インドの哲人・クリシュナムルティとの出会いを下地に、 日増しに我が心を覆ってゆきました。 そして可能性に充ちた若者とともに、これらの根源的な問いをしっかりと踏まえつつ、生徒一人一人が豊かな人生設計を作り出してゆくための、 サポート役を果たすことの出来る教師という仕事に、次第に大いなる魅力を抱くようになり、教職の道に踏み込み、今日まで過ごして参りました。

 高校時代までは、本の世界に入ってゆくことのなかった私でしたが、本の魅力に取り憑かれることとなった大学時代、そして新採当時より、 よりよき授業を実践してゆくことを主目的として、幅広い教養の必要性を痛感してゆくにつれ、購入していった書籍の数も年々増え、今では数千冊に及んでいます。 無論すべてを隈無く読破したわけではありませんが、一冊一冊は、その都度心中に訪れてきた問いに応えてゆくために私の心の伴侶として集めていったものでした。 それら書籍との対話を通して、各勤務校での日々の授業にどう生かせたのか、そして時々の生徒の皆さんに世界への、社会への、人間への、生命への、 考えること等々への気づきを少しでも与えることができたのか心許ない限りですが、私の教職生活を通した、 大切な問題意識の奥底には、これらのことが渦巻いていたことは確かなことでした。

  私は現在、我が母校でもあります宇和島東高校で最後の年を、校長として勤めさせて頂いています。校長としての職責は、多岐に及んでいますが、私が目下大切な 仕事として位置づけているのが、主に全校生徒向けにほぼ10日に一度のペースで、本校のホームページ上でコーナーを頂いて発信している「東風(かぜ)通信」への取り組みです。 授業を受け持たない私が、全校生徒の皆さんに、校長としての思いを時々に告げてゆくことは大切な教育実践の一つとの認識の下、昨年5月本校に赴任してから間もなく開始し、 現在第67号まで書き継いで参りました。 学校行事での生徒の様子、部活動での生徒のパフォーマンス、世相等々、できうる限り身近なことを取り上げつつ、それに対しての私の視線、気づきの一端を書き出すことで、 生徒の皆さん一人一人が生きてゆく上での何らかのヒントになってくれればとのひそかな願いをエネルギー源として、こつこつ取り組んで参りました。

 今思えば、特に若かりし頃は、一人よがりの授業となっていたのではと、反省することしきりであります。 その意味では、過去私が関わりを持たせてもらった、当時生徒であったすべての人達への罪滅ぼしの意味も込め、教職生活最終盤、時々に私に訪れる切なる思いを胸に、 その都度直面する中で生まれいずる感情、思考を冷静に見つめ、私のこれまでの教職生活で学んだことをベースとして言葉を一つ一つ大切に紡ぎつつ、生徒の皆さん、仲間の教職員の皆さん、 そして保護者の皆さんに力の限り、最後の最後まで語り続けてゆきたいと思いを新たにしています。