私の教育実践


私の教育実践―ふるさとを愛し、誇りに思う中島教育の推進―
松山市立中島小学校 校長 新谷 和志
私の教育実践―ろ漕ぎとともに―
上島町立弓削中学校 教諭 石川 敬之



私の教育実践
-ふるさとを愛し、誇りに思う中島教育の推進-

松山市立中島小学校 校長 新谷 和志
Ⅰ はじめに 

 本校は、旧中島東小学校、中島南小学校、天谷小学校の三校が平成21年度に統合して開校した。開校当初104名いた児童数も54名と減少しているが、子どもたちは、「海の子よたくましく 島の子よ心豊かに」の立派な校訓のもと、「わくわく どきどき 楽しい学校 いきいき中小」のキャッチフレーズのとおり、元気に仲良くしっかりと活動している。

 
Ⅱ ふるさと学習の推進
 本校では、「ふるさと中島」の「ひと、もの、こと」など地域を生かした教育を推進し、地域に信頼される開かれた学校づくりをとおして、ふるさとを愛し、誇りに思う中島っ子の育成に取り組んでいる。
 私は、この中島で生まれ育ち、ふるさとの学校で勤務する中で、心の中に我は海の子、我は島の子という思いを常にもっている。そして、島の文化・海の文化のよさを、学校文化の中に生かそうと努めてきた。「僻地(へきち)に光を」ではなく、「碧地 (へきち)から光を」の教育の実践を大切にしてきた。そして、中島小学校の教育計画にもこの「ふるさと学習」を中核に据えて、学校経営を推進している。
1 地域を知る
 ふるさとを愛し、誇りをもつ児童を育成するには、まず地域を知ることが大切である。そのために地域素材を教材化した「ふるさと読本」の活用をとおして、地域に根ざした教育に取り組んでいる。「ふるさと読本」は、旧中島町教育委員会と地元出身の教師が資料収集を行い、作成したものである。各資料を、各学年の発達段階、各教科・教科等の特性に応じて活用を心がけている。
そして、自分たちの生活の舞台であるこのふるさと中島をより意識できるようにしている。
2 地域を活用する
 中島は海・山の自然に恵まれ、そして地域には学校を見守ってくれる地域の温かい人たちがいる。その「ひと・こと・もの」を、学校行事や教科の学習に取り込んでいる。
① 総合的な学習の時間
 各学年のテーマを、「中島のじまん」(3年)「磯の博士になろう」(4年)「みかんを育てよう」(5年)「見つめよう過去・現在・そして未来を」(6年)として、ふるさとをテーマに取り上げて、問題解決的な学習、体験的な学習をしている。そして、地域の人や自然と関わりながら、「学習や生活に生きる知恵」を育んでいる。
   
 中島の磯探検  魚のつかみどり
② 魚のつかみどり
 PTA、地域の方の協力を得て、中島近海でとれる魚(あじ、さば、鯛、べら、たこ等)を海岸の一角にネットをはりその中に入れて、児童がその魚を手でつかみ取りする。島だからこそできる直接体験で、海に感謝しながら児童の楽しみにしている行事の一つである。
③ 昔の遊び
 地域に残る伝統的な遊びにふれることによって、地域のよさに気づくとともに、地域の伝統文化を大切にしていこうとする態度を育てている。
④ ビオトープの米作り
 現在、中島では稲作は行われていない。中島総合文化センターにビオトープがあり、そこで中学生と共に稲作体験をしている。作った餅米は、祖父母とのもちつきに活用している。
⑤ 伝統芸能の伝承
 歴史の古い中島には、各地域に伝統芸能が残っている。それを伝承していくための活動を続けている。その一つに小浜地区に残る旧中島町の無形文化財である「道具おどり」の伝承がある。地域の道具踊り保存会の方々のご指導により、5、6年生が取り組んでいる。
⑥ 社会教育との連携・融合
 社会教育・公民館活動である「ふるさと生活体験事業」「ふるさと夏季大学」「成人式」等に、児童が積極的に参加し、地域とのつながりを求め、地域に元気を発信している。
 
 Ⅲ おわりに
 ふるさとを愛し、誇りに思う中島教育を推進するために、地域に信頼される開かれた学校づくりに取り組んでいる。学社連携から学社融合の必要性が叫ばれて、はや10年近くが経過する。統合校として開校した本校は、旧校区ごとの取組をそれぞれ融合して、新しい中島小学校の特色ある活動として積み上げつつある。
 児童がこの「ふるさと学習」をとおして、「自分がすき、友達がすき、家族がすき、そしてふるさと中島がすき」と胸をはって言えるように、この取組を継続発展させていきたい。そして、中島に一校となった中島小学校が、島の教育灯台となって、明るい光を地域に届け続けてもらいたいと念じている。
  
私の教育実践ーろ漕ぎとともにー
上島町立弓削中学校 教諭 石川 敬之

  今年度、私は上島町立弓削中学校へ転任してきました。弓削島は人生初上陸でした。今治を出発し、しまなみ海道で広島県因島に渡り、生名フェリーで生名島に渡り、ゆめしま海道で弓削島に渡り、弓削中学校に到着しました。学校の目の前の海がとてもきれいで、少し遠かったこともあり、旅行に来ている気分になりました。(ここから見える夕焼けもとてもきれいです。)
 
 このように本校は瀬戸内海の広島県との県境、上島町の弓削島の中央部に位置しています。全校生徒は90名、特別支援学級を含めて4学級の小規模校です。私は2年A組の担任をさせていただくことになりました。校舎は新しく、木造校舎の温かい雰囲気があります。体育館は海岸から海の上にせり出しており、このような体育館は日本でここだけだと聞きました。(本当かどうかはわかりません。)テニスコートはオムニコートで、運動場も非常に広く、すばらしい環境だと思いました。引っ越しもしたので、いろいろな環境が一気に変わり、初めは不安もありましたが、上島町の温かい人たちにも触れ、次第に1学期が始まることが楽しみになっていきました。
 
 弓削中学校に勤務してまだ4ヶ月ほどですが、弓削中独特の教育活動、「ろ漕ぎ」についてご紹介します。先日、愛媛新聞(7月14日付)でも紹介されましたが、7月12日(日)に行われた櫓漕ぎ大会は、今年で28回目となる伝統行事です。ろ漕ぎ大会は、全校生徒が紅組と白組に分かれ、1対1のレースを15レース行い、勝利数を競う大会です。昭和56年、地域の方が旧生名中学校に第一大徳丸、第二大徳丸という2艘の船を寄贈してくださり、総則体育の研究会等で活用されました。そして、昭和62年、「島の子であればろを漕げるように」という当時の教員の思いから「ろ漕ぎ大会」が実施されるようになり、旧生名中学校と旧弓削中学校が統合した現在も大切な行事の一つとして継承されています。
 
 今年度は6月からろ漕ぎの練習が始まりました。4人1組で船に乗り込み、2人ずつ交代で櫓を漕ぎます。練習では教員も乗るのですが、私の学級は2年生なので昨年の経験もあるだろうと安心して乗ったところ、生徒は全然漕げず、もちろん初めての私も漕げるはずもなく、沖に流されてしまいました。初めての船出は不安なものとなりました。左右に漕ぐバランスが悪いと回ってしまったり、ろの返しが悪いとろが船から外れてしまったりして、真っ直ぐ進むということは初心者には非常に難しいことです。さらに初めのうちはチームワークも悪く、本来なら船の方向や左右の力のバランスをアドバイスしないといけないろを漕がない生徒は座って見ているだけ、漕ぐ生徒は漕ぐことに必死で進行方向を向かず真っ直ぐ進めない、といった具合に4人のまとまりはなく、上手く進みませんでした。しかし、大会では7分でゴールできなければ失格となります。流されてしまえば、救助船が救助に向かいます。全校生徒や保護者の前で恥をさらしてしまうわけです。危機感を感じた生徒は、協力して一生懸命練習に取り組むようになりました。初めは何もせず、声も出さなかった漕がない生徒も進行方向を向き、「もっと引きを強く!」や「もっと押して!」などとアドバイスをするようになり、漕ぐ生徒も教員の助言に素直に耳を傾けて必死に取り組み、技術も向上して真っ直ぐ進む組が増えました。
 
 そして、大会当日、生徒の大声援と代々受け継がれてきたドラム缶を叩く応援の音が鳴り響く中、生徒は団結して、一生懸命櫓を漕ぎました。2年生8組のうち約半数の船が2分台で帰ってくるというすばらしい結果を残しました。チームワークが向上した結果だと思います。初めはバラバラだった生徒も協力して物事に取り組むことの大切さを理解できたのではないかと思います。 
 
 大会のアトラクションレースには弓削高校の生徒チームと教員チーム、弓削中教員チーム、保護者チームも参加して盛り上がりました。また、たくさんの保護者の応援や父親らが地域ごとの4組に分かれてカレーのおいしさを競う「C-1グランプリ」があり、大盛り上がりで大会は終了しました。学校と保護者、地域が一体となって開催されたろ漕ぎ大会は、とても魅力ある行事でした。来年度もろ漕ぎ大会の魅力を生徒に伝え、より盛り上がる大会にしていきたいと思います。